七夕まつりの歴史と各地のまつり
      ・日本各地の七夕まつり
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〈日本各地の七夕まつり〉

  現在、日本三大七夕まつりとして皆さんがご存知の「仙台七夕まつり」「平塚七夕まつり」などは、「清水七夕まつり」を含め終戦後の経済復興と商店街の振興を目的として復活又は始まったものがほとんどです。
  これらは、江戸時代以降庶民に定着した、「笹飾りを飾る星まつり」としての七夕まつりを大掛かりにしたイベント性の強いもので、現在では「七夕まつり」の標準的な形をなすものだといえるでしょう。
  しかし、日本各地を見回してみると、このような形の七夕とは異なった形や風習で行なわれている七夕まつりも数々見受けられます。
  その理由は、「七夕の歴史と由来」のページで紹介したように、日本には中国から伝来した「星まつり」以前の時代から「神事的・宗教的・土着的な行事」が存在していた事と大きく関係があります。
 

〈青森のねぶた・滑川のねぶた流し〉

  青森市と弘前市に8月1日(旧暦7月)から行われる「ねぶた(弘前はねぷた)」は、真夏に襲ってくる「睡魔(ねぶた)」を七日(ナヌカビ)に追い払う気持ちを込めた行事です。
  東北地方では古くは「鹿島信仰」が盛んで、それから派生した「神流し」が、厄を水に流し、心身を清浄にしようと禊を行った風習と、盆の精霊送りである灯篭送りなどの風習が融合して生まれたものだと思われます。
  富山県滑川市で7月下旬に行われる「ネブタ流し」は人形に似せたネブタに火をつけて海に流します。
この「ネブタ流し」も青森のねぶたのように「ねぶた流し(睡魔を追い払う)」の気持ちが根底に流れていますが、ヒトガタにキュウリや茄子をつけて海に流す風習を見ると、現世の厄を流し去る「厄払い」の意味合いがより強い行事ではないかと思われます。
  なお、秋田の竿灯まつりも「ねぶた流し(睡魔を追い払う)」気持ちを込めた行事で、東北地方で8月初旬(旧暦7月初旬)に行われる行事の多くは、根底に「ねぶた流し」のの流れを含んだものが多いです。
また、滑川以外にも、日本海側には七夕船やヒトガタを海や川に流す風習が多く、東北地方や北陸・信越地方の日本海側は、日本古来の厄払いの風習の名残を今に伝えているものと思われます。
 

〈七夕人形〉

  長野県松本市では「七夕人形」を飾る風習があります。 また、黒部市尾山地区や新潟県糸魚川市根知地区・山梨市市川地区・姫路市などにも同様の風習があり、これらは「禊払(みそぎばらえ)」で盆迎えの祓のヒトガタであり、夏越しの祓のヒトガタと考えられ、 これは、滑川のネブタ流しと同様に現世の厄をヒトガタに託し流し去る意味合いを含んでいますが、これだけでなく、七夕人形に「着物が上手に縫えますように」「着物を着せてもっと良い着物が返ってきますように」「子供が無事に育ちますように」といった「貸し小袖」の言い伝えも含まれています。
 
<七夕紙衣>
  七夕人形に似たものに、「七夕紙衣」があります。
この紙衣は仙台をはじめ京都など、多くの地方に見ることが出来ます。
  これは、七夕人形や「ねぶた」のような「厄払い」の意味合いよりも、より「貸し小袖」の意味合いがより強く含まれています。
  「たなばたさん」という神様に着せる小袖を作り、着物の裁縫が上手くなるように祈る。小袖を飾り「たなばたさん」に子供の健康や衣装に恵まれる事を祈る。
  これは、古代において伝えられた「棚機つ女・タナバタツメ」の古事が形を変えて七夕の祭事として広まった結果のものといえるで、「厄払い」の風習とは趣を異にしています。
<七夕馬>
  関東地方を中心に、七夕にわらで作った馬や牛を飾る風習があります。
  これは盆にナスやキュウリで馬や牛を作るのと同じ目的で、精霊(たなばたさま)や祖霊を迎えたり送り出すのという役割を持たせたという言い伝えがあります。
  この場合、「七夕人形」や「七夕紙衣」のような「貸し小袖」といった意味合いとは異なり、農耕儀礼的な意味合いが強いものといえます。

〈日本の七夕についてのまとめ〉

  江戸時代以降に一般化した「星まつり」以前の七夕は、「牽牛・織女」の内容とはまったく関連がありません。
また、古来からの七夕風習も、宗教的なものと農耕儀礼的なもの、それと、神事的なものや土着儀礼的なものが混ぜ合わさりさまざまな形態が見られます。
これに「星まつり」の形態が混じり、一言で「七夕まつり」といってもこれほど複雑で変化の多い行事も例を見ませんし、「たなばたさま」を奉るにしても「何を奉っているのか」は風習によって異なるというのが本当のところなのです。

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〈静岡県で行なわれてきた七夕の風習〉

  まつりとしての「七夕」が日本各地で形を変えて存在するように、「七夕」の風習にもさまざまなものが存在します。
静岡県内の風習として伝えられているものを中心に紹介すると・・・
  七夕の日には田んぼに引き入れる沢の水で髪を洗った(静岡市清水区小河内地区)
  里芋の葉に溜まった朝露で墨を摺り、短冊に願いを書いた(静岡県全域)
  日本全域で行なわれてきた風習と同じものもありますが、静岡県独自の風習ともいえるものも見受けられます。
  静岡県西部の新居町では、庭に短冊を吊るした竹笹を立て、台に初物(スイカ・カボチャ・さや豆・なすなど)を備え、翌日には海や湖・川(浜名湖)に流したという風習があったそうです。
また、七夕の夜には子どもたちが「ほおずき提灯」やスイカ・カボチャ・とうがんなどをくりぬいた手製の提灯を持って、「チョーチンバイバイ ジロサノバイバイ」と言いはやしながら町内を歩き回ったといいます。(新居町史より)
  また、静岡県中部の岡部町では、七夕の夜、おこわ(赤飯)を炊き、その年に収穫したナス、ウリ、カボチャ、しょうが、豆などを縁台に乗せ、まるで中秋の名月の月見のように、「たなばたさま」にお供えするという風習が一部の地域で残っています。
  あと、静岡県中部では、七夕の飾り(笹飾り)を田畑に飾ったり、七夕の夜に飾った竹飾りを翌日田畑に飾りなおすということも行なわれていたそうです。
  このように、現在ではあまり見ることのできない静岡県ならではの七夕の風習ですが、これらの風習は「たなばたさま=田の神様」 という形で七夕さまをとらえているのが特長です。
なお、岡部町では、7月7日には「たなばたさま」(たなばたのおばあさんという説もあり)=田の神様が降りてきて、田の水口(田んぼに水を引き入れる場所)を通って田の見回りをして歩くので、田の水口に立った杭を抜かなければならない。そうしないと、「たなばたさま」が転んでしまい、田に災難が起こる(収穫量が減ってしまう)と伝えられてきたそうです。(この風習は昭和40年ごろまで行なわれていたそうです)
 
 
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